東京高等裁判所 昭和31年(ラ)535号 決定 1960年4月14日
抗告人 宮嵜盛雄
相手方 佐藤よりゑ
主文
本件抗告を棄却する。
理由
抗告人は「原決定を取消し、更に相当な裁判を求める」旨申立て、その理由として、末尾記載の通り主張した。
記録によれば、相手方(佐藤よりゑ)が本件競売の基本たる抵当債権の債務者で、競落許可決定の当時以降引続き競落不動産たる家屋(本件家屋)を占有しているものであることは、これを認め得るが、一方、記録中の賃貸借調査報告書(第三八丁以下)によれば、相手方は昭和二八年四月一七日競売裁判所の命令によつて、競売不動産の賃貸借調査に赴いた執行吏代理に対し、本件家屋は、本間忠次郎が全部を賃借しており、昭和一七年頃からは、相手方が、右本間から、その全部を、期間の定めなく、賃料一ケ年六〇〇円の定めで転借してこれを居住しているものである旨申立てたことが認められ、なお、執行裁判所は、本件競売手続中終始、右相手方申立の通りの賃貸借及び転貸借が存在するものとしてこれを競売及び競落期日の公告に掲載していたことは記録上明かであるから、他に反対の資料も認められない本件においては、右相手方申立の通り賃貸借及び転貸借の事実は、これを肯定せざるを得ない。尤も、記録中の不動産登記簿謄本(第二一丁以下)によると、相手方は、昭和二六年九月三日本件家屋を他から買受けてから昭和二八年一月一四日廣瀬志満に売渡すまで、これを所有していたことが認められるから、相手方は、右家屋の所有権を取得した結果、前記賃貸借及び転貸借の賃貸人たる地位を承継したものであるが、かくの如き場合、民法第六一三条第一項に規定する転借人と賃貸人との間の直接の権利義務は格別、その他の賃貸借及び転貸借の関係は、混同によつて消滅するものではないから、相手方は、前記所有権取得後も、依然として転借人として本件家屋を占有し使用する権利を有していたものといわなければならない。ところが、本件競売の基本たる抵当権は、昭和二七年一一月四日設定のものであることは記録上明かであるから、右転借人としての権利は、これを競落人に対抗し得るものといわなければならない。
そうだとすれば、民事訴訟法第六八七条第三項を競売法による競売に準用する場合競落不動産の引渡命令を発し得る相手方の範囲につき、仮りに抗告人出張の如き見解を採用したとしても、相手方に対しては、右引渡命令を発し得ないものであるから、抗告人の本件申立は失当で、これを排斥した原決定は結局正当である。
よつて主文の通り決定する。
(裁判官 内田護文 鈴木禎次郎 入山実)
抗告理由書
一、本件競売事件ノ目的タル不動産ハ以前債務者ノ所有ナル処昭和二十七年十一月四日債権者ノ為、抵当権ノ設定ヲ為シ其ノ後ニ於テ所有権ヲ本件所有者ニ移転シタルモノナリ。
二、債権者ハ債務者及ビ所有者ニ対シ本件不動産ニ付東京地方裁判所ニ対シ抵当権実行ニ因ル競売ノ申立ヲ為シ昭和二十八年三月十八日競売開始決定ガ為サレタリ。
三、抗告人ハ昭和三十一年五月十九日附競落許可決定ニ基キ本件不動産ニ対スル所有権ヲ取得シタルニヨリ競売裁判所タル前記同庁ニ対シ債務者ノ本件不動産ニ対スル占有ヲ解キ競落人ニ現実ニ引渡シスベキ旨ノ命令ヲ求メタリ
四、然ルニ競売裁判所ハ競売法ニ因ル競売ノ場合ニ於テハ債務者ト所有者(抵当権設定者)ハ同一人ニ限ラザルモノナルヲ以テ、若シ債務者ト所有者ガ同一人ニ非ラザルトキハ民事訴訟法第六八七条ヲ競売ニ準用スル場合ハ同条ノ債務者ハ所有者ヲ指スモノナリトシ、競売法ニ因ル競売ニ於テ所有者ト債務者トガ同一人ニ非ラザルトキハ競落人ニ競売開始決定ニ因ル差押ノ効力発生当時ノ所有者ニ対シテノミ当該不動産ノ引渡ヲ求ムルコトヲ得ルモノニシテ其ノ他ノ者ニ対シテハ債務者タリト雖モ之ニ不動産ノ引渡命令ヲ求ムルコトヲ得ザルモノナリトシ抗告人ノ引渡命令申請ヲ却下シタリ。
五、然リ而シテ、不動産ニ付、抵当権ヲ設定シタル場合、抵当権設定者タル債務者ハ抵当不動産ガ抵当権実行ニ因リ競売セラレ其ノ所有権ガ競落人ニ移転シタルトキハ自己ノ占有部分ヲ競落人ニ引渡スベキ旨ノ意思表示ヲ為シタルモノト看做スルヲ相当トスベク其ノ後ニ於テ抵当不動産ニ対スル所有権ヲ第三者ニ移転シタリト雖モ該不動産ニ関スル限リ債務者タルノ地位ヲ免ル、モノニ非ラザルヲ以テ競売裁判所ハ競落人ノ請求ニヨリ債務者ニ対シテモ不動産引渡命令ヲ発スルコトヲ要シ競落人ハ特ニ競落不動産ノ債務者占有部分ニ付、明渡請求ノ訴ヲ提起スルコトヲ要セザルモノナリ。且ツ、民事訴訟法第六八七条ヲ競売法ニ準用シタルトキハ同条ノ債務者ハ所有者以外ノ者タリト雖モ抵当不動産ニ関シ抵当権設定当時、債権者ニ対シ債務ヲ負担スルトキハ同条ノ債務者ニ包含スルモノトシ之ニ不動産引渡命令ヲ発スルコトヲ要スルモノナルコト同条及ビ競売法第三十二条ノ法意トスルトコロナリ。
六、仮令右主張カ理由無キトスルモ本件記録ノ登記簿謄本ニ依レバ本件不動産ハ抵当権設定当時債務者ノ所有名義ナル処、其ノ所有名義ヲ所有者ニ変更シタルモノニシテ、凡ソ、不動産引渡命令ハ抵当権設定当時ヲ標準トシ其ノ後ニ為サレタル物件ノ取得者ハ抵当権者ニ対抗スルコトヲ得ザルモノナリ。従テ、債務者又ハ抵当権設定後ノ物件取得者ハ競落人ニ対抗スルコトヲ得ザルモノニシテ、本件債務者ハ前記抵当権設定後ニ所有権ヲ移転シタルモノナレバ、競落人ニ対抗スルコトヲ得ザルモノナリ。競売法第三十二条ニヨリ民事訴訟法第六八七条ヲ準用シタル同法条ニ所謂債務者トハ本件ノ場合ニ於テハ所有者ト同視スベキ地位ニアルモノト解スルヲ相当トシ競売裁判所ハ申立ニヨリ競落人ノ為、債務者ニ対シ不動産引渡命令ヲ発スルヲ相当トスベキナリ。
七、依テ以上ノ理由ニ基キ原決定ハ違法ナルニヨリ、抗告ノ趣旨記載ノ裁判ヲ求ムル為、本件抗告ニ及ビタリ。